携帯できる音楽の誕生

1979年にウォークマン1号機「TPS-L2」が発売された。「音楽を携帯し気軽に楽しむ」という新しい文化を創造した。小型化・軽量化・薄型化を限りなく追求したのもウォークマンの歴史であった。
1983年に発売された「WM-20」は、カセットケースサイズを実現するために、伸縮ケースと超扁平薄型モーターを採用し、1985年に発売された「WM-101」では、さらなる薄型化を実現するためにガム型充電式電池を初採用した。1987年に発売された「WM-501」では、ガム型充電池を本体内蔵型に変更することで、初めてカセットケースサイズを下回った。さらに、猿のチョロ松を起用したテレビCMは、テレビCMを題材とした現代のバラエティ番組などで時偶取り上げられるほどに同年の有名作品となった。
場所を選ばず、いつでもどこでも音楽を聴くことのできる製品は画期的で、世界的な大ヒットとなった。それ故に「ウォークマン(WALKMAN)」は永らくポータブルオーディオの世界的代名詞であった。
もともとはポータブルモノラルテープレコーダーの「プレスマン」から録音機能を省き、ステレオ再生用ヘッドに置き換えステレオの再生に特化して誕生したものだった。初代モデル「TPS-L2」にはその余った内蔵マイクや録音回路を生かし、外部の音を拾いヘッドフォンでモニタできるというホットラインと呼ぶボタンがあった。初代モデルはヘッドホンを2台接続でき2人で同時に音楽を聴くことができたが、相手に話しかける際にボタンを押すことで双方がヘッドホンを外さなくても会話できることから、2人の会話を繋ぐ意味でホットラインと名づけられた。
発売当初はマスコミの反応が芳しくなく、新聞掲載もごくわずかだったために、発売1ヶ月での売上はわずか3,000台に留まっていた。しかし、宣伝部や国内営業部隊のスタッフらによる広告・宣伝活動により、当時の若者たちの間に評判が広がり、8月に初回生産の3万台を完売すると、供給が需要に追い付かない状態が年内いっぱい続いたという。

誕生秘話

・ウォークマンの商品名は、当時流行していたスーパーマン、TPS-L2のベースとなったプレスマン、「屋外へ持ち出して、歩きながら、動きながら楽しむ」というコンセプトをもとに、当時の若手スタッフによって考え出された。
・日本では最初からウォークマンの商品名で発売されたが、文法に合わない和製英語であるウォークマン(Walkman)を避けて、海外では当初他の商品名で発売された。アメリカではウォーク・アバウツ=歩き回る、ラン・アバウツ=走り回るからの造語で「サウンド・アバウツ Sound about」、イギリスでは密航者を意味する「ストウアウェイ Stow away」、スウェーデンでは「フリースタイル Free Style」の商品名で発売された。しかし、来日した音楽家らによって日本からウォークマンが土産として“輸出”され、オピニオンリーダーである彼らの口コミにより日本国外でも「ウォークマン」の知名度が高まったことから、1年も経たずにウォークマンに統一された。黒木靖夫によると、この判断には、当時の社長盛田昭夫の独断的な決定があった。
・オーストリアでは、独占的に「ウォークマン」をソニー製オーディオプレーヤーとして商標利用することが認定されておらず過去に法廷でも争っている。現在でも「ウォークマン」の商標としての独占使用は出来ない。
・日本では、登録商標(第1647338号ほか全33件)である「ウォークマン」の名称があまりにも広がって一般名詞化したために、他社製のポータブルオーディオプレーヤーも「ウォークマン」と称されることがあった。

開発経緯

カセットテープタイプの初代ウォークマンの開発を言い出したのは、当時会長であり、創業者の一人でもあった、盛田昭夫であった。昭夫の娘が海外旅行から帰った際に「ただいま」も言わず自分の部屋で音楽を聴いていたのを見て、いつでもどこでも、音楽を聴ける物は作れないかと考え開発の指示をした。
当時社内から、スピーカーの無いプレーヤーは絶対に売れないと反発されたが、それを押し切り開発を続行、思いのほか音質が良いと感じたと言う。
実際の開発は黒木靖夫指揮のもと行われた。黒木の著書『ウォークマンかく戦えり』では、若い技術者がプレスマンを改造して自作していたウォークマンを見た黒木が感銘を受け、当時名誉会長の井深大と会長の盛田に見せたところ、前述の盛田の発言に至ったとしている。のちに黒木靖夫はウォークマン開発の功績によりソニー取締役になった。
黒木は2007年7月に癌のためにこの世を去り、多くの経済紙などが「ミスターウォークマン」の訃報を取り上げた。ウォークマン発売後もさまざまな商品を世に送り出し、近年ではワールドカップサッカーのフーリガン対策に開発された「透明な盾」のデザインなども行っていた。また、自身が開発したウォークマンを脅かす存在の、iPodに対しても高い評価を与えていたと言う。ソニーに対する思い入れは強く「ソニーは本当にダメになった」などと近年の失速を嘆いていたと言う。
ちなみにかつては単にウォークマンと表記されていたが、ソニーが、フラッシュメモリー型の呼称をウォークマンと改称したため、区別のため「テープウォークマン」もしくは「ウォークマン(テープ)」と表記されることがある。1979年の初代ウォークマンTPS-L2を筆頭に、1990年代中盤にかけて、ヘッドホンステレオの筆頭的存在であった。2000年代前半までは録音機能・ラジオ(シンセサイザーチューナー)をそれぞれ搭載しつつ、音質・スタミナ・コンパクトさなどをテレコと差別化した録再/ラジオ内蔵機種や、1980年代末から1996年頃まで子供向けのモデルが「My First Sony」ラインナップの一つとして存在した。
2010年4月末で国内向け出荷を終了し、店頭在庫分のみの流通となる。なお、ウォークマンにカテゴライズされないソニー製のポータブル型カセットレコーダー(録再機能・ラジオ搭載型など)は「テレコ」としてラインナップされており、音質やコンパクトさなどに重視しない機種として存続している。

現代への系譜〜携帯音楽の規格〜

・ステレオミニプラグ
既存の部品の組み合わせで開発された1979年発売の初代ウォークマン「TPS-L2」にあって、ステレオミニプラグはただ一つ新規開発された部品であった。当時ステレオのヘッドホンは標準プラグによるのが普通で、ミニプラグにはモノラルのものしかなかった。そのためウォークマンの試作機ではモノラルのイヤホン端子を2組使ってステレオヘッドホンを接続していたが、市販化までにステレオのミニプラグとそれを受けるジャックが新規に開発された。このステレオミニプラグはソニー以外の製品にも広く採用され、デファクトスタンダードとなった。

黎明期

1998年頃までにパーソナルコンピュータの世界でMP3フォーマットが広く普及し、インターネットを通じて音声ファイルを手軽に配布することが可能になった。レコード契約を持たない独立系ミュージシャンやアマチュアミュージシャンなどが、作品をMP3ファイルで配布するケースも現れた。また、MP3再生に対応したデジタルオーディオプレーヤー(DAP)をクリエイティブメディアやRioなどの海外メーカーが市販化したことで、日本では手持ちの音楽CDをPCのRealJukeboxなどでリッピングし、DAPのメモリーにコピーして楽しむ形態が流入し始める。
しかしながら、MP3フォーマットは著作権保護の仕組みを持たないため無限にコピーを作成することが可能で、コンパクトディスクからエンコードしたMP3ファイルが海賊版としてネット上で流通することが問題になった。
1999年に入り、欧米では著名アーティストの楽曲を有料配信するウェブサイトも登場し始めたものの、海賊版への懸念は残る形であった。
同年にソニーがOpenMG、マイクロソフトがWindows Media AudioDRMといった音楽ファイルのデジタル著作権管理(DRM)技術が実用化され、記憶媒体側にコピープロテクト機能を付与したID付きスマートメディア・SDメモリーカード・マジックゲートメモリースティックが登場したことで、配信楽曲の違法コピーの懸念がある程度払拭されるようになると、日本では後述の通りレコード会社直営による音楽配信サイトが開始され、インフラが構築したことになる。